僕と漫画の話

漫画の思い出を書き連ねてみようと思います。

【大学編③】次の道へ

大学の頃の思い出を書き連ねてみます。

 

前回の話はこちら

 

 

夢をあきらめるということ

 
大学に入ってしばらくして、
僕は漫画家になる事を諦めた。
 
今までは、「漫画が好き=漫画家になる
という安直な考えで、漫画家を目指していたが、
そんな考えじゃ漫画家になれない事を思い知った。
 
本当に「漫画を描くのが好き」で、
その努力を続けられる人じゃなきゃ漫画家にはなれない。
 
僕には無理だ。
 
そう結論付けて、僕は相変わらずダラダラと大学生活を送っていた。
 
 
 
時は流れ、大学3年。
 
就職先を考える時期がきた。
 
漫画家を諦めた僕が真っ先に考えた就職先は「編集者」だ。
 
これも安直だな。
 
ただ結局、編集者は目指さなかった。
 
編集者は高学歴じゃないとなれない。
 
普通の偏差値の私立文系の無理だと、
また一人で勝手に結論付けて、編集者の道を諦めた。
 
諦めたというか、履歴書すら送っていない。
 
 
なんか、こう思い返すと、当時の僕は
自分一人で考えて、自分一人で結論付けて、
コロコロと考えを変えるようなやつだったんだな。
 
いや、今でもあまり変わっていないかもしれないけど。
 
なんかこう、自分で「これ!」って決めて、それをやり抜くために努力したり、
そのために誰かに相談したり、協力を求めたりって事を、
全くしてこなかったんだと思う
 
 
まあそんな事を嘆いてもしょうがないか。
スティーブ・ジョブズが言った「コネクティング ザ ドッツという言葉にあやかって、
そんな過去があったからこそ、今の僕があるのだと考えよう。
 
なんだかんだで、これまでの選択に後悔はしていない。
 
この、大学3年の時に選んだ、卒業後の就職先も後悔していない。
……たぶん。
 

新たな夢へ

 
漫画家を諦めて、編集者になる事も諦めた男が選んだ、卒業後の就職先は
「テレビ制作会社」だ。
 
映画制作サークルの活動で、カメラを回したり、映像の編集をするのは楽しかった。
 
テレビのバラエティ番組も好きだった。
 
漫画家になる事は諦めたけど、やはり何かクリエイティブな仕事をしたいと考えていた。
 
テレビ局は流石に難しいだろうけど、制作会社だったらなんとかなるだろう。
 
そう考えて、僕はテレビ番組の制作会社へ応募しまくった。
 
なかなか内定はもらえなかったけど、何社か受けてやっと内定をもらった。
 
当時好きだった芸人さんが出演していたバラエティ番組の制作を行なっている会社だった。
 
素直に嬉しかった。
 
大学を卒業したら、僕はテレビ制作会社のADだ。
ゆくゆくはディレクターになって、いろんなバラエティ番組を作るんだ。
 
ADはキツい仕事だっていうのは分かっていた。
 
けど、僕はやる気がある。
そんなのなんて事はない。
 
そうして、漫画家を諦めた男は、全く別の道、
テレビ業界を目指して、卒業した。
 
 
次回、AD編。
続きます。