僕と漫画の話

漫画の思い出を書き連ねてみようと思います。

【AD編②】夢への第一歩、地獄への第一歩

大学を卒業し、社会人になったころの思い出を書き連ねてみます。
 
 

 

使えない先輩

 
2年ほど、テレビ局に出向していたが、その番組が終了となり、
僕は制作会社の方へ戻り別の番組の担当となった。
 
当時、「あいつは局に出向しているやつはデキるやつだ。
2年も出向して戻って来たんだからものすごい戦力になるぞ」
なんて思われていたらしい。
全くそんな事はない。
 
テレビ局から制作会社へ、
働く環境が変わっても、相変わらず僕は仕事が出来なかった。
 
かれこれ3年目になり、先輩ADはディレクターになったり、
夢半ばで辞めていったりして、
自然と僕も上の立場になって、責任が伴うようになってきた。
 
当時担当していた番組の先輩ADが辞めることとなり、
繰り越しで僕がチーフADとなった。
 
何度でも言おう。
僕は仕事が出来ない。
それが急にチーフとやらを任された。
 
後輩のADも大変だったろうな……
ごめんよ……
 

夢だった仕事、第一歩

 
チーフADともなると、新たに任される仕事もある、
それは番組のPR動画を作る事だ。
 
本編の編集をするのはもちろんディレクターなのだが、
PR用の5秒とか15秒の短い動画は、稀にADに任される事がある。
 
初めてPR動画を作ったときは、それはそれは楽しかった。
 
Macの動画編集ソフトを使って、カタカタと動画を繋ぎ合わせる作業。
 
いつもディレクターがやっていた作業を、見よう見まねで僕もやってみた。
 
大学時代、サークルではお遊びで動画編集をしていたけど、
今度は本当にテレビに流れる動画だ。
出演しているのも、サークルの友達ではなく、本物の芸能人。
 
こんなにわくわくする仕事があっていいのか。
 
そもそもは漫画家になりたいという夢をあきらめて、
それでもクリエイティブな仕事をしたいと考えて入ったテレビ業界。
 
普段のAD業務は、よくわからない雑用ばかりだったけど、
動画編集という憧れのクリエイティブな仕事をやっとできるようになった。
3年目にしてやっと。
 
とにかくうれしい。
楽しい。
永遠に没頭できる。
 
意気揚々とPR動画の編集を始めた僕だが、
結果、これをきっかけに仕事を辞めることになるのであった。
 

地獄の沈黙

 
初めて作ったPR動画。
まずはディレクターに見せに行った。
 
そのディレクターは、寡黙というか、多くを語らないというか、
とにかくあまりコミュニケーションを取らない人だった。
 
「PR作ってみたので、見てもらっていいですか?」
 
僕はドキドキしながら自分が作ったPR動画をディレクターに見せた。
 
「……おう。」
 
それだけ言って、ディレクターは僕のPR動画を見てくれた。
 
 
「…………。」
 
 
沈黙。
 
ひたすらに沈黙。
 
 
何も言ってくれない。
 
物凄く空気が重かった。
とても耐えきれない空間。
 
しばらくしてディレクターが発した声は
「うーん…」
 
の一言。
 
キツい。
これはキツい……
 
もっと何か言ってくれ……
 
そりゃ初めて作ったPR動画だから、出来は良くないだろうよ。
でも、だったらせめて何か言ってくれ…
 
 
ほんの数分の間に、僕は沈黙に押しつぶされそうになっていた。
 
またしばらくして、ディレクターが急に手を動かし始めた。
 
カタカタと、僕が作ったPR動画を編集し直し初めたのだ。
 
 
僕はディレクターの編集作業を後ろで突っ立って見ていた。
 
カタカタと、なんの迷いもなく、どんどん編集を進めていく。
 
ほんの数分の作業で、僕が作ったPR動画は跡形も無くなり、新たに出来上がった物は、完全にそのディレクターの「作品」だった。
 
「これで大丈夫でしょ」
 
ディレクターはそう言って僕にパソコンを返した。
 
物凄く複雑な気持ちだった。
 
自分が作ったPR動画が何も指摘をされることなく、ただただ別物に直された。
けれどやはり、そのディレクターが作った物の方が圧倒的に良かった。
 
悔しい。
情けない。
 
けどこの悔しさをバネにして頑張らないと。
ディレクターからスキルを盗んで、僕がレベルアップしないと。
 
いつか見返してやる。
 
この時はまだそんなやる気があった。
が、そのやる気もすぐに打ち砕かれるのであった。
 
続きます。
 
……あ、今回漫画の話全然してないや。
次回はちゃんとします。